おまえってADHDじゃない?

おまえってADHDじゃない?

発達障害【大人のADHD,注意欠陥多動性障害】の社会人ほやすんたです。ADHDの特性ぽいよなあと思える診断前のエピソードや現在のことなどを4コマ漫画やイラストで書いてるブログです。Twitterアカウント→@hoyasunta

ADHDという言葉を初めて知った日

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この時の事が、このブログのタイトルの由来になってます。

その時に聞いた症状は、確かに私にあてはまるものばかりだったと思います。
気になってADHDについて、ちょっと調べたりはしたのですが、当時わかったことは、参考になるような本なんて全然出てないし、専門医はほとんどいなくて、治療法はカウンセリングが主で、薬はないということでした。
(もしかしたら子供への投薬は認可されたものがあったかもしれませんが、成人に対しては認められていませんでした。)

それで私が思ったのは「専門医を探すだけでも大変そうだし、そもそもカウンセリングの治療って効果があるの?この『症状』って言われてるものって性格とか育ちによるもんじゃないの?もし診療を受けれるようなところが見つかってもお金が結構かかるんじゃないの?それで診断がもしADHDじゃなかったら、ただのお金の無駄でしょ。」ということと、「そのよくわからない病気みたいな『ADHD』だと診断されて、もし治療が上手くいかなかったら世間的にどう思われるかわからない、怖い」ということでした。
また当時は、精神的な病気に対しても理解が全然足りなかったので、そういう病院に行くこと自体に相当抵抗がありました。

そういうわけで、私は全面否定し絶対に認めませんでした。

その後、社会人として世の中に接するようになってから、社会と自分とのずれを感じることが結構あり、いろいろ困った状況や自分の望んでいない結果になったりする場面に直面することが増えていきました。

そして十数年がたった頃、ある時におおきな失敗をして「なんで自分はこうなんだ。その場かぎりではどうにかごまかせたとしても、この先の人生を自立して生きていくことが難しくなってしまうかもしれない…」と相当悩んでいた私は、あの時に言われた「ADHDなんじゃないか」と言われたことを思い出したのです。

2年前にはもうADHDについての情報がかなり増えていて、治療も進んで診療できる病院が増えていることがわかり、遂に病院を訪れ診断される結果に至りました。

「もしも十数年前のあの時に素直に聞いて、治療を受けていたら、もっと全然違った生き方になってたかもしれないなあ…」という気持ちにもなりますが、そっちを選ばなかったおかげで経験できたり感じられたことがたくさんあったなあ、と思えるところもあるので、これはこれでわるくない生き方できてるかなーという気がしてます。

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